Web屋の憂鬱
東京でヘアメイクをやっている友人から、久しぶりに連絡が入った。某番組のゲスト女優を担当したので見てね、と。 俺が好きな数少ない番組のひとつだったので早速見たところ、友人の性格がそのまま出ているような、上品で、かつ奔放で、エロスを忘れない(笑)良い仕事だった。 「別にギャラは高くないけど、分かりやすい仕事ではあるよね」とその人は笑っていたけれど。 確かに「こんなことやってます」と他人に伝えるには楽な手段だ。
それとは別で、彫金をやっている人と某所で知り合う。 シルバーを叩いて、指輪とかアクセサリーを作って、デザインフェスタに出展してるそうだ。
同じモノづくりしてる人の話は、例えメールであっても良い刺激になる。
だけど。
同時に、すごく、悔しい。
俺らWeb屋がどれだけ美しいデザインを組んでも、クライアントが「すげー!」と喜ぶようなFLASHを作っても、膨大な時間をかけて、長く、複雑なコードをガリガリ書いても、結局は0と1のデジタルデータが生み出されるだけで、何かしらの「物質」ができあがる訳じゃないんだよね。
印刷物をやってた時代もあったので、しみじみ実感できるのだけど、自分の作成物が、手で触れる「物質」として出来上がってくるのは嬉しい。どんなに苦しめられた仕事でも、ちょっとしか関わってない仕事でも。刷り上がったパンフをぺろぺろぺろーって意味もなくめくって、うへへとにやけてみたり。お前じゃなくて印刷部署が刷って裁断してるんじゃねーかというのは無しで(笑)
Web屋って、数多くあるクリエイターの中では、一番報われない部類なんじゃないかと。 モノを作っているはずなのに、そのモノはどこにも存在しない、というジレンマ。
そんな訳で前出の「物質」を作っている人達に対して、すごく憧れと悔しさを感じる。 いいなー。俺もモノ作りしたいよ、と。
土捏ねて焼き物とかやってみたいと常々思うのも、そういう流れなんだろうか。(俺が生まれてすぐ他界してるけど)父親がカップとかソーサーに絵柄を描く仕事してたので、血の影響かもしれん。
音作りを生業にしてる人はどうなんだろう。作り出すモノは空気の振動。 似たようなジレンマはあるのかな。 今度聞いてみよ。
彫金っつか板金だけど、モノ作りたい欲がMaxになるサイトは 「なんでも作るよ」。 元ネタのスコープドッグは正直知らないが、完成型の写真は何度見ても鳥肌は立つし涙が止まらない。クリエイターというよりはオトコノコの心を揺さぶるのかね。鉄の塊ってのは。
ヘアメイクの友人は、ananにもちょこっと出ているそうだ。
すげー姉さん! 今度は花椿を目指してください。


Comments
物づくりは楽しいけど、デジタル社会同様、コピーや簡易化されることによってその存在意義はだんだん失われていっている気がしますわ。
CG描きを生業にしている人も、1点しかないものではあるけれど、それを証明するものがない。と、いっていましたが、彫金の世界でも、いまやワックスやねんどで作れてしまう始末。複製だって作れてしまいます。
高い技術を持って完成させても、わかる人っていうのは同じレベルのやっている人だけなんですよね。
複製できないようなレベルまで行かなければ!
クリエイターとしての視点だったら「物質を作ることができない」になるけれども
WEB屋ってどっちかっていうと建築家に近いんじゃないかな。
ひとが動く入れ物を作る。そんでそこで相互のコミュニケーションが生まれるのは
数あるクリエイターの中でも極めて少数にしか出来ない、貴重なことですよ。
そんでかじさんはそれが既にこのサイトで出来たんじゃないかなと思う。ほら、書き込んじゃうし。
> masamune
彫金の人こんにちは(笑)
職人の仕事が分かる人は職人だけ。というのも皮肉だなぁ。
クレイシルバーは昔興味があったんですが、同じ彫金やってる友達に「あれは焼いてもすぐひん曲がるから駄目だ」と言われて断念しました。
> あい
サイトそのものから生み出されるコミュニケーションだとか、購買意欲といった人間の心の変化は生み出せているかもしれませんね。ハンドクラフトのような手でこねくりまわす行為に、憧れを感じているのかも。